祖母の棺桶にはハイヒールが納められていた。
そして亡骸と共に煙となった。
私の祖母は身体障害者、いわゆる“びっこ”として生まれた。
蝦足と言うのだろうか、要するに左足の足首から先が水泳のバタ足をする状態が常態だった。
彼女は私が生まれた時からおばあさんだったので気に止めた事はなかったが、
先月彼女が天に召されたのをきっかけにその人生に想いを馳せてみた。
彼女は大正生まれ。俗に言う『親の因果がなんちゃらちゃ〜』の時代である。
一人で立つ事ができたのはいつ頃だろうか?周囲の子供達同様に走り回ることも、
跳んだり跳ねたりすることも叶わなかったであろう。
そしてもちろん恋だってしただろう。
好きな男性に、旦那となる人に、自分の足を見られることは彼女にとって
どんな意味を持っていたのだろうか?
彼女は生前「一度でいいからハイヒールが履いてみたい」とよく言っていたそうだ。
祖母の棺桶にはハイヒールが納められていた。そして亡骸と共に煙となった。
ハイヒールを履いた彼女が昭和の街並みを闊歩しているその後ろ姿は凛としていて、
とても眩しく、そして誰よりも美しい。