本
私は両親に連れられ、乳母車に美術書や写真集などの重たい本を乗せ、
川沿いの道を歩いている。
その川沿いは目黒川そっくりなのだが、
周りの建物や道は、ボストンのバックベイを思い起こさせる
赤煉瓦でできていた。
"あんたは何度も引っ越しを繰り返すんだから、こんな重たい本、邪魔でしょ!?"
と、母親は10〜11歳位の私を諭して古書店へと向った。
古書店で引き取りましょう、と言ってくれたのは、
とても想いで深い、薄っぺらな絵本一冊だった。
私は逆上して、乳母車に乗せてあった全ての本を
川に投げ捨て、両親に悪態をつき、
ベソを掻きながらその古書店に駆け込んでいった。
階段を駆け上がり、中二階にまでくると下から、
"くすっ"と笑い声が聞こえた。
"うるせぇ、ババぁ!"
と言い放ち、中二階の哲学書のコーナーを抜け、
さらに階段をかけ昇った。
オーナーらしき上品な、
そう、まるでイギリスの上流階級のご婦人のような佇まいのおばさんは
私を追って階段を昇って来た。
"ごめんなさいね、あなたを傷つけるつもりはなかったのよ"
と、両親との一切合切を目にしていただろう、そのご婦人は
私に声をかけてきた。
"最近入ってきた本でとても気に入ったのがあるの。。。"
と、彼女は私を美術書のコーナーへと導いた。
そこはON SUNDAYSを一回り大きくしたような場所で、
壁は白く、ゆったりとした空気が流れていた。
AIKOというアーティストの分厚い写真集を
ペラペラと捲り始めた。
"けっ、J-POPのアーティストじゃんか"
と小馬鹿にしながら覗いたその写真集のグラフィックや
撮影されたインスタレーションはどれもとても素晴らしかった。
彼女は既に老婦人と呼べる年齢になっている。
いつも通りショールを肩にかけ、カウンターに立っている。
私は本棚を整理していた。
4歳くらいの多動症と思われる女の子を連れた男、
父親であろう、その男が店の中で突然大声で理不尽な叱り方を始めた。
それを耳にした私は衝動的にそいつを殴り飛ばした。
一瞬、目が覚めて "あっ、いかんいかん"と思い
眠りに戻り、少し時間を巻き戻して
今度はその父親を説得した。
"あそこで働いている、うちの二人の司書は
(図書館では無いのだが、確かに私は彼女らを司書と言った)
やはりお嬢さんと同じ位の年齢の時にうちで引き取りました。
二人は4歳頃まで一切口をきかず、唖だと思われていたのですが
私が理由を訊くと答えてくれました。
私達は生まれてくるはずじゃなかったのに、生まれて来た。
何故生まれて来たのかその理由を誰も説明してくれなかったから
ずっと黙っていたのだ、と。
あなたのお嬢さんも同じなのだと思います。
うちで引き取らせて頂けませんか?"
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