州外からの支配 -経済的植民地主義
準州時代以来、ノースダコタ州は決定権を支配する政府の腐敗と鉄道、金貸し、穀物取引の経済的三頭政治と苦闘していた。世紀の変わり目には、ノースダコタ州の経済はミネソタ州の穀物ブローカー、銀行家、そして鉄道会社の企業連合(カルテル)によって支配されていた。州の未来の経済状況はただ一つの産業ー農業ーそれも単作の小麦に基づいていた。幾人かの州のリーダーによる度重なる打開の努力にもかかわらず、カルテルによる輸送、取引、資金調達のコントロールは州をミネソタの植民地も同然の好ましくない状況に留めた。
ダコタ準州の鉄道建設に拍車を掛けるため、合衆国政府は土地の4つの区画毎から1つを鉄道会社に対して譲渡した。1800年代中頃には、鉄道会社がすべての準州の土地のうち、24%の権利を保有していた。彼らは州を越えて広範囲の鉄道網を敷き、自作農入植者をその地方に定住させるために誘い入れる大規模な広告キャンペーンを開始した。これは慈善事業ではなかった。鉄道会社は建設費用の埋め合わせと当面の収入源確保のために、乗客と貨物輸送の交通を築く必要があった。彼らは採算を取る必要があった。彼らは農民とその生産物の州外への輸送が必要であった。
農民たちが新たに居住地域となったレッド川流域に殺到するにつれて、大規模なミネアポリスの穀物製粉業者らは、ダコタ準州で栽培された小麦に対する同業者間の争いをなくすために組合を設立した。組合は穀物倉庫を所有し、国内の他の地域よりも遥かに安い価格に抑えた小麦をノースダコタの農民から買い付けた。そのうえ、鉄道会社はミネアポリスの穀物製粉業者と手を組み、輸送価格を高く設定したが、無所属の仲介業者を追い払うために組合員にはリベートを渡した。
http://www.banknd.nd.gov/about_BND/prairie_public_history_of_BND/economic_colonialism.html
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